これがいまの私

26 1月 , 2019 未分類

これがいまの私

昨日は

 
神戸市の某保育園さまに 
 
マザーズコーチング体験講座を
開講させていただきました✨
 
 
季節柄
体調不良で
お越しになれなかった方も続出でしたが
  
 
「どうしても行きたかったのに
本当に残念です。
 
また開催されるのでしょうか?」
 
 
そんなメッセージを直々にくださった方も😭🙏✨✨
 
 
 
まだ届けていないうちから
期待を持って
年末からお待ちいただいていたことに
 
心からの感謝と
 
改めて
このマザーズコーチングへの誇りと
その責任を
持ち直しました。
 
 
 
母になると
自分の意思だけでは叶わないことが出てきます。
 
 
自分の頑張りだけでは
どうにもならないことの連続
 
と言ってもいいかもしれません。
 
 
 
何日も
何ヶ月も前から
楽しみにしていたり
準備していたことも
 
こどものこと
家族のことで
やむを得なくキャンセルせねばならない時
 
身を切られる思いで決断せねばならない時
 
 
自分の優先順位や
自分が一番大切にしなきゃいけないことを
痛いほど考えさせられ
思い起こす時間になる
 
  
 
 
実はわたしも
 
今日東京で行われていた
 
写真展と作品展を見に行きたかった
 
 
 
以前私が撮ってもらった写真も
一枚飾ってくださってたであろうし
 
「鏡の中のぼく」という絵本の
続きの作品展が行われていた
なかなか会えない
全国のコーチ仲間にもお会いしたかった
でも
それはいろんな要因があり
自分の意思で
「行かない」を決断をしました。
たくさんたくさん考えての決断
そして見えてきたものがありました。
昨日の講座の中で
ある方が
「昔から
親にやりたいことを反対されてきたので
自分の子にはやりたいことを
好きにやってもらい
応援したい」
そうおはなしくださった方がいました。
その方は
やりたい気持ちを押し通して
好きなことをされてきたそうなのですが、
それでももしかしたら
わだかまりとして残っているのかもしれない
それゆえの
願いなのだとしたら、、
親からの反対は
それが愛情からくるものだとわかっていても
こどもとしては辛いもの
応援してもらえないから辛い
だけではない。
先日のコーチング勉強会でもあった
「見守る」について
今日改めて
私なりに考えた結果
 
それは
信頼されていないから辛いと感じるのだと思いました。
まだあぶない
怪我するよ
絶対失敗するよ
そう思ってしまうのは親の経験や
こどもの今までを見ていての判断によるところなんだけど
それは信用していないだけ
とも言えるのではないでしょうか?
 
 
 
 
「見守る」と
決めたなら
その子がたとえよちよちの赤ちゃんであろうと
進路を決める学生であろうと
人生の岐路に立っている
いい歳になった我が子であろうと
信じて待つしかないように思います。
「信用」と「信頼」はちがいます。
信用は
過去の実績からくる物理的なものへの評価
だとすると
信頼は
その人の未来への行動を期待する感情
信頼関係は
信用関係とは言わない
そう考えると
信頼とは双方間の上で成り立つ気持ちの寄せ合い
なのだと思います。
私は30代の頃
何年か海外に行っている時に
母からの”信頼”をとても強く感じていました。
距離的に離れれば離れるほど
母からのそれは
手に取るようにわかり
何か迷った時に
ふと顔を出しました。
母を泣かせることは絶対にしない
私が足を踏み外さずに
なんとかやってこれたのは
この信頼を裏切りたくない
という気持ちが常に心のどこかに
あったからだと思います。
それこそが
私の
「見守る」
定義で
それに気づいた今
それって信頼関係だったのかも
ふと思ったのです。
私は
妻となり親となってまだ5年弱
まだまだ
「見守る」ことができていないし
受け取ることもできていない。
今回全てを振り切って
自分のやりたいことだけに突き進めなかった理由は
きっとここにあります。
一番大切な場所で
信頼関係を築いていきたい。
それは簡単なことではないこともわかりました。
それでも
私にしかできない大きなミッションであり
1人ではなし得ない
楽しみのひとつです。
その先にあるもの
その人の行動や未来を期待し信じる
「信頼」という力は
怪我をしたり
大失敗したりするかもしれないと
心配するよりはるかに難しく
尊い応援の形なんだな
東京に集結している
全国のトラスト(信頼)コーチングの仲間たち
私なりのthis is meで
乾杯!!

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